野村のブログ

野村羊子プロフィール
 野村羊子の自己紹介ページです。活動への思いもぜひ読んでください。

プロフィール

1957年
生まれ。北海道札幌市で育つ。
1976年
北星学園女子中学高等学校卒業
1980年
明治学院大学社会学部社会福祉学科卒業
社会福祉法人嬉泉(子どもの生活研究所、袖ケ浦のびろ学園、袖ケ浦ひかりの学園等)勤務。
7年間自閉症児とともに暮らす。
1988年
絵本と木のおもちゃの店「プーの森」を吉祥寺に開店。
1993年
プーの森」三鷹市下連雀に移転。
この間、電話相談・自主上映会など、さまざまな市民活動に参加。
2007年
三鷹市議会議員となる。
2011年
三鷹市議会議員2期目。
2015年
三鷹市議会議員3期目。
2019年
三鷹市議会議員4期目

○議会関係(2007~2018年度)*現職
総務委員会(2011~2012、2017~2018、2019~2022)*
議会運営委員会(2013~2018)*
東京外郭環状道路調査対策特別委員会(2007~2018)(2019~22)副委員長*
国立天文台周辺地域まちづくり検討特別委員会(2022)*
市庁舎・議場棟等建替え検討特別委員会(2017~2018)副委員長
厚生委員会(2007~2008、2013~2014、2015~2016)
文教委員会(2009~2010)
予算審査特別委員会(2008年、2012年、2015年3月、2015年6月、2018年、2021年)
決算審査特別委員会(2009年、2013年、2016年、2019年、2020年、2021年)
議会改革議員集中研修委員会(2016)

ふじみ衛生組合議会(2015~2016)
都市計画審議会(2007~2016、2019~2022)*
環境保全審議会(2019~2022)*
個人情報保護委員会(2017~2018)

○関係団体(様々な形で関わっている団体)

・議員として(世話人・幹事等スタッフ)

市民自治をめざす三多摩議員ネットワーク
全国フェミニスト議員連盟
自治体議員情報連絡センター虹とみどり
福島原発震災情報連絡センター
原発事故子ども・被災者支援法推進自治体議員連盟
澤井財政研究会

・議員として(会員)

コロナ災害対策自治体議員の会
気候危機・自治体議員の会
香害をなくす議員の会
平和・立憲・人権をつなぐ全国自治体議員会議
石木ダム強制収用を許さない議員連盟
反原発自治体議員・市民連盟
希望連帯
市民と議員の条例つくり交流会議
自治体議会政策学会

・市民として

新型コロナ災害緊急アクション
NPO法人みたか市民協同発電
さよなら原発!三鷹アクション
多世代交流コミュニティ 丼なもんじゃ
辺野古に基地はいらないin三鷹
福島原発刑事訴訟支援団
避難の協同センター
女性による女性のための相談会実行委員会
明日への希望を語る会
コンサート・自由な風の歌実行委員会
HPVワクチン東京訴訟支援ネットワーク
外環道7区市ネットワーク
東京外環道訴訟を支える会(原告)
安保法制違憲訴訟・女の会(原告)
警視庁機動隊の沖縄への派遣は違法 住民訴訟(原告)
その他、会員として参加している市民団体は約30団体。

活動への思い ~ご挨拶に代えて~(2019年1月)

私は、20代での福祉施設勤務を経て、30代から子どもの本屋店主となり、40代には女性相談員・講師も務めてきました。その間、様々な市民活動にも関わり続けていました。 2007年春、女性が3人しかいない三鷹市議会を変えようとの声を受け、多くの皆さんのご支援を得て市議会議員となりました。 それから3期12年間、私は、子どもたちや女性たちの声ならない声、当事者の思いに耳を傾けながら、活動を続けてきました。特に、三鷹市が市民に開かれた形で政策決定をするよう、市民の皆さんからの様々な提案、検証等の声を受け、発言を重ねてきました。 議員になる前から継続してきた市民活動の他、東日本大震災後の様々な動きに呼応し、ともに活動し、サポートをし続けています。

市民生活を顧みない国政の下で、私たちはどうやって、自らの生活を守っていけるのでしょうか。地方行政は、市民一人ひとりの暮らしを支える政策を積み上げていくべきです。 「福祉」はあらゆる人がしあわせになるための政策です。福祉・医療・教育でこそ、きちんとした雇用とそれによる質の高いサービス提供が重要です。それには、利潤追求ではない公共事業としての位置づけが必要です。福祉に税を投入することは、雇用対策、そして経済政策でもあるのです。

持続可能な社会は、平和と基本的人権と民主主義が維持されてこそ成り立つ社会です。 市政で解決できない問題、提案してもかなえられない現状がいくつもあります。議会改革もなかなか進みません。しかし、ようやく糸口が見えてきたこともあります。今までの活動の経験を活かして、三鷹市が、もっと住みやすい街、誰もが生きやすいまち、一人ひとりの声が活きる街にしていきたい。

人と人とのつながりから、地域を国を世界を考えれば、なすべきことは見えてくるはずです。つながり合い支え合いながら,いっしょに歩んでいきたい。みんなとともに活動を続けていきたいという思いを新たにしています。

あきらめずに言葉紡いで
伝え合おう
あなたの希望、私の願い
いのち支え合うまち
ひとりひとりがつながるまち
手を携えでつくっていきたい
だいじょうぶともにあるこう

野村羊子

活動への思い ~ご挨拶に代えて~(2015年1月)

2007年春、私は、女性が3人しかいない三鷹市議会を変えようと訴え、多くの皆さんのご支援を得て市議会議員となりました。
それから8年間、私は、子どもたちや女性、当事者の思いに耳を傾けながら、議会活動を続けてきました。
議員になる前から継続してきた市民活動の他、震災後の様々な動きにもともに活動し、サポートをしています。
特に2期目は、2011年の東日本大震災と福島原発事故を受け、不安と向き合い、被災者支援・放射能対策等にも注力してきました。
市政で解決できない問題、提案してもかなえられない現状がいくつもあります。2期8年活動してきて、ようやく見えてきたこともあります。今までの活動の経験を活かして、三鷹市が、もっと住みやすい街、誰もが活きやすい街にしていきたいと思います。
できることをやり続 けることの大事さをかみしめています。平和と人権尊重、持続可能な社会を求めて声を上げ続けていきます。多くの仲間とともに支えあって活動を続けていきたいと思いを新たにしています。

野村羊子

活動への思い ~ご挨拶に代えて~(2010.10.10版)

2010.10.10

2007年春、私は、女性が3人しかいない三鷹市議会を変えよう、子どもたちや女性たちのリアルな声を議会にとどけたいと訴え、多くの皆さんのご支援を得て市議会議員となりました。

この4年間、だれもが生きやすい社会にしたいという思いで、議会で様々な提案をし、また市民の活動をサポートしてきました。私は20代で福祉施設勤務、30代から子どもの本屋店主、40代では女性相談員・講師を務めてきました。同時に様々な市民活動にも携わり、それらの経験を生かし、多様な市民の声を市政に反映させるよう議員活動をしています。

 もっとみんなが生きやすい社会に変えたい!
 もっともっと身近な市政に変えたい!

あなたも、いっしょの会の仲間になってください。一人ひとりが大切にされるまちにしていきましょう。

野村羊子

活動への思い(2006.10.16版)

2006.10.16

数年前から、私は「三鷹市男女平等条例をつくる市民の会」で、条例市民案を作成するなどの活動をしてきました。2006年4月に施行された三鷹市男女平等参画条例は不満の残るものとなり、いっしょに活動していた女性たちから「女性市議が3人しかいないなんて」「私たちの声を代弁してくれる人がほしい」との声があがりました。

大学卒業後、私は福祉施設に7年間勤務し、言葉のない子の思いを受けとめてきました。その後子どもの本屋として、18年間にわたり孤立して育児に悩む母親たちの話を聴いてきました。同時に、女性からの電話相談を受けるボランティアを13年間続けるなかで、有形無形に押しつけられるさまざまな「らしさ」「ねばならぬ」に縛られて「わたし」を生きられないと悩む声、セクシュアルハラスメントやDVに苦しむ声に耳を傾けてきました。私が聴いた子どもや女性たちの声を議会に届ける、それならできると思いました。

ここ数年は、いくつもの三鷹の問題に関わり、地元での活動が中心になってきていました。今なら三鷹のことがわかる、だからこそ日々の暮らしに関わる市議会のアンバランスを変えたい。われながら不思議ですが、そう思ってしまったのです。

だれもが生きやすい社会にしたいから目の前のできることをする、そういう思いで、私は仕事もサポートもボランティアも活動もしてきました。この思いや経験をもっと生かすための新たなチャレンジ。どうか、いっしょの会の仲間になってください。

いっしょに新しい風を三鷹市に巻き起こしましょう。

野村羊子